島津中興の祖とされる島津忠良。
宗家14代島津忠兼(勝久)に国政を委任され、
長子の島津貴久を忠兼の養嫡子に譲り、
後に貴久と共に薩摩を統一。
その後も多くの仁政を敷いて国を富ませ、
島津家発展に大きく貢献させました。
「常潤院跡」。
隠居後の忠良は加世田に移り住み、
この地にあった… 続きを読む
鹿児島県南さつま市 島津忠良墓所
コメントを残す
島津中興の祖とされる島津忠良。
宗家14代島津忠兼(勝久)に国政を委任され、
長子の島津貴久を忠兼の養嫡子に譲り、
後に貴久と共に薩摩を統一。
その後も多くの仁政を敷いて国を富ませ、
島津家発展に大きく貢献させました。
「常潤院跡」。
隠居後の忠良は加世田に移り住み、
この地にあった… 続きを読む
島津宗家9代当主島津忠国の墓が、
鹿児島県南さつま市加世田地区にあります。
忠国は次男島津立久に追放され、
晩年は加世田に移住していたようですが、
琉球へ渡ろうと坊津に赴きますが、
渡航前に68歳で死去したという。
「六角堂公園」。
忠国の遺骸は加世田に送られ、… 続きを読む
小笠原藩大久保家の歴代墓所は、
京都の本禅寺及び小田原の大久寺、
世田谷の教学院にありますが、
2代当主である大久保忠職の墓碑が、
かつて領した唐津にあるらしいので、… 続きを読む
古河藩土井宗家は5代当主土井利益から、
8代当主土井利里まで唐津藩を領しており、
このうち7代当主土井利延の墓のみが、
元所領に残されています。
「土井大炊頭利延墓園」。
唐津市神田にある土井利延の墓所。
登っていくと右手に階段があり、
そこを登ると大きな墓所がありますが、
そこは利延の墓所ではありません。… 続きを読む
出水市の感応寺境内にある五廟社。
島津宗家初代当主島津忠久から、
5代当主島津貞久までの墓があります。
感応寺は文治3年(1187)に島津忠久が、
薩摩、大隅、日向三州守護職… 続きを読む