天狗党の乱」タグアーカイブ

秋田県由利本荘市 矢島陣屋跡

豊臣政権の三中老であった生駒親正は、
讃岐国17万2千石を与えられて、
東西に丸亀城高松城を築城しています。
親正は関ケ原の戦いで西軍に与しますが、
子の生駒一正が東軍で活躍した為に所領は安堵され、
高松藩として生駒家は4代続きました。

しかし4代生駒高俊続きを読む

福井県敦賀市 武田耕雲斎等ゆかりの地(天狗党の終焉④)

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来迎寺境内で行われた処刑は凄惨を極め、
三間四方の穴を5ヶ所掘って死体を放り込み、
土を盛って13基の墓が建てられています。
その血は近くの川へ流れこんで、
川を赤く染めたという。

幹部の首級は塩漬けにされた後で水戸へ送られ、
3日間水戸城下を引き回された後に、… 続きを読む

福井県敦賀市 天狗党の幕府による処断(天狗党の終焉③)

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相良藩主田沼意尊は、幕軍総督として天狗党と戦い、
何度も天狗党に煮湯を飲まされており、
また天狗党の犯した関東の惨状も見ています。

田沼は呑気に憂国の士だと厚遇してる事に激怒し、
天狗党が引き渡されると、直ちに鰊倉に押し込めて、… 続きを読む

福井県敦賀市 天狗党幽居の三寺(天狗党の終焉②)

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新保村加賀藩に投降した天狗党
投降者は823名。
武田耕雲斎は、抗戦を主張する山国兵部らを抑え、
大志を訴え潔く投降するように諭します。

加賀藩は投稿者823名を敦賀三寺続きを読む

福井県敦賀市 武田耕雲斎本陣跡(天狗党の終焉①)

①///

元治元年。尊皇攘夷を掲げた藤田小四郎らは、
筑波山で挙兵して横浜港即時鎖港を要求しますが、
事態はその志とは別に内乱へと発展します。

天狗党諸生党、… 続きを読む