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三重県津市 寒松院(津藩藤堂家墓所)②

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つづき。


長空院殿智風高達権大僧都」。
6代藩主藤堂高治の墓。
巨大な歴代藩主の墓に比べ、
なんとも小さな筒状の墓石です。
※その理由はよくわかりません。
藩祖藤堂高虎の弟藤堂高清の孫で、
一門藤堂出雲家3代藤堂高明の子。
久居藩3代藩主藤堂高陳の養嫡子となり、… 続きを読む

三重県津市 寒松院(津藩藤堂家墓所)①

①/

津藩の初代藩主藤堂高虎は、
浅井長政の足軽から身を立てますが、
長政は織田信長に滅ぼされました。
浅井家滅亡後は浅井旧臣に仕え、
その後は信長の甥織田信澄にも仕えていますが、
功績を挙げても加増されなかった為、
いずれも出奔しており、
浪人となってその日食べるものにも、
困るような生活をしていたという。

その後、豊臣秀長に仕えて重宝される事となり、… 続きを読む

三重県津市 久居陣屋跡

久居藩津藩の支藩で2代藤堂高次の隠居の際、
長男の藤堂高久に家督を譲って、
次男藤堂高通に5万石を分与して立藩されます。

久居藩は5万石規模の藩ながら、
領内の凶作や江戸藩邸の焼失が相次ぎ、
財政は破綻状態でした。
12代藩主藤堂高兌義倉積米制度を制定して、… 続きを読む

三重県津市 津城跡

戦国時代以前の「」は安濃津と呼ばれ、
伊勢国の経済の中心地であったようです。
鎌倉時代以降は長野家が支配していましたが、
織田信長の伊勢侵攻によって織田家領となり、
安濃津城には織田信包が入りました。

信長が本能寺の変続きを読む