佐賀藩」タグアーカイブ

佐賀県佐賀市 高傳寺(副島種臣、枝吉神陽の墓)

高傳寺には龍造寺家鍋島家の墓所の他、
佐賀七賢人のひとり副島種臣
その兄で藤田東湖吉田松陰とも並び称され、
七賢人に影響を与えた枝吉神陽の墓があります。


枝吉家墓所続きを読む

佐賀県佐賀市 高傳寺(佐賀藩鍋島家墓所)②

/②

つづき。


乗輪院殿全機良運大居士(中央)」。
2代藩主鍋島光茂と正室虎姫、継室甘姫の墓。
初代藩鍋島勝茂の四男鍋島忠直の長男に生まれ、
祖父勝茂の死去に伴い家督を相続しました。
佐賀藩続きを読む

佐賀県佐賀市 高傳寺(佐賀藩鍋島家墓所)①

①/

高傳寺龍造寺家家臣鍋島清房が創建し、
鍋島家の菩提寺となった曹洞宗の寺院。


本堂」。
本堂は明治34年再建とのことで、
それ程古いものではありませんが、
かなり大きなものです。
高傳寺には日本最大とされる大涅槃図があり、… 続きを読む

佐賀県武雄市 武雄鍋島家別邸跡

28代武雄領主であった鍋島茂義は、
嘉永4年に隠居屋敷を造設しており、
そこに造園された庭園が残されています。


鍋島藩武雄領主の庭園」。
明治元年。本拠であった武雄陣屋が火災で焼失。
※武雄陣屋跡は現在の武雄高等学校の敷地。
29代武雄領主鍋島茂昌続きを読む

佐賀県武雄市 円応寺(武雄鍋島家墓所)

古くから武雄の領主であった後藤家でしたが、
龍造寺隆信の勢力拡大により、
その支配下となっていました。

隆信が沖田畷の戦いで討ち取られた後、
跡を継いだ龍造寺政家より竜造寺姓を賜りますが、
竜造寺家は鍋島直茂が実権を掌握。
鍋島家と龍造寺一門との融和政策が行われ、
武雄竜造寺家も鍋島姓を賜り、
以後は武雄鍋島家として、… 続きを読む