【史跡訪問】」カテゴリーアーカイブ

山口県萩市 町田梅之進自刃之地


町田梅之進は長州藩士町田昭明の長男で、
下関攘夷戦では先鋒隊として出陣。
長州内訌戦では鎮静会議員として周旋し、
幕長戦争では芸州口に出陣して戦いました。
戊辰戦争では千城隊書記兼… 続きを読む

山口県萩市 西来寺/彦六又十郎碑

西来寺は明木の市の川向いにある寺院で、
応永26年(1419)に創建されました。
ここに彦六又十郎の碑があるようです。
彦六又十郎の伝説は下記のページで。
 山口県萩市 彦六又十郎二氏之碑



本堂」。
西来寺では毎年4月15日には、
二人の法華会が行われるとのこと。… 続きを読む

山口県萩市 菅蓋の又十郎誕生地

明木の恩人として語られる彦六又十郎
自らの働きの恩賞を自分達のものとせず、
明木の民全員の口屋銭の免除を望み、
これが許されて皆の暮らしを楽にしたと、
長く恩人として語られました。
彦六又十郎の伝説は下記のページで。
 山口県萩市 彦六又十郎二氏之碑


そのひとり菅蓋の又十郎の生まれた地に、… 続きを読む

山口県萩市 彦六又十郎二氏之碑

慶長9年(1604)に萩城が築かれる際、
その普請に多くの人々が駆り出されますが、
明木の里からも古戦場の彦六と、
菅蓋の又十郎が派遣されています。
2人共に大男で力も強かったようで、
大きな石を軽々と持ち上げて運び、
遠目から見てもその働きぶりは判る程で、
普通の人の3倍も働いていたという。
4年の歳月を掛けてやっと城が完成し、
喜んだ殿様続きを読む

山口県宇部市 維新館趾

天保年間(1831-1845)に福原家23代福原親俊は、
領内の上宇部中村に郷校「晩成舎」を創設。
弘化2年(1845)にはこれを「菁莪堂」と改称し、
その翌年に福原邸内に移転しています。
元治元年には24代福原越後元僴が、
「菁莪堂」を邸内から上宇部中尾に移し、… 続きを読む

愛媛県今治市 海禅寺/岡部家墓所

服部家墓所の手前にある岡部家の墓所。
墓碑銘には今治藩家老職とあり、
その初代は岡部太右衛門直明とのこと。


岡部家先祖之霊位」。
今治藩家老家だった岡部家累代墓。
代々の墓碑は整理されているようで、
御影石製五輪塔を累代墓としています。
初代直明は8石2人扶持の… 続きを読む

愛媛県新居浜市 別子銅山/東平地区

東平地区は大正5年から昭和5年まで、
別子銅山採鉱本部が置かれていた場所。
閉山後は放置されていましたが、
坑道鉄道跡住居跡石垣が残っており、
再整備されて「東洋のマチュピチュ」と称し、
その観光化が進んでいます、


東平地区の標高は… 続きを読む