[山口県下関市]」カテゴリーアーカイブ

下関市南部町他 金子みすゞ関連史跡①

金子みすゞは大正~昭和期の人物で、
当ブログの趣旨とは違いますが、
唐戸周辺に多くの史跡がある為、
ついでに記事にしたいと思います。
表題を①としていますが、
全てではない為に一応①としました。
まだ②の予定はありません。


黒川写真館跡(村田写真館)」。
金子みすゞの有名な写真を撮った場所。
この地にあった黒川写真館で撮影され、
20歳の記念写真だったようです。
村田写真館の創業は創業1921年続きを読む

下関市赤間町 大坂屋跡

大坂屋稲荷町遊郭にあった大妓楼。
当時としては高層の3街建で、
建物は対帆楼と呼ばれていたという。
この対帆楼は小高い丘の上にあった為に、
非常に目立っていたようです。

全国に知られた格式高い稲荷町遊郭で、
その最大の妓楼であった大坂屋には、
坂本龍馬西郷隆盛小松帯刀
高杉晋作、… 続きを読む

下関市赤間町 稲荷町 裏町遊郭跡

下関は壇之浦の戦いのあった地で、
栄華をほこった平家が滅び、
一緒に京から落ち延びた高級女官らが、
平家が滅んだ後に数多く残されました。
宮中で暮らしていたこれら女官達は、
この地で生きる術を持たず、
春を売るより他はありません。
そんな彼女らが春を売ったのが稲荷町で、
彼女らは漁師相手の遊女続きを読む

下関市赤間町 本行寺

本行寺は赤間町にある法華宗の寺院。
大本山本能寺12世日承上人が、
天文21年(1552)に種子島へ巡錫した帰途、
赤間関に立ち寄ったとされ、
これに随行していた日圓上人は、
日承上人の命で布教の為に留まり、
元亀2(1571)年に本行寺を創建しています。


本堂続きを読む

下関市赤間町 教法寺

教法寺は赤間町にある真宗本願寺派の寺院。
鎌倉期の元応年間(1319~1321)、
教法房浄信が海岸で木仏を見つけ、
これを安置する為に創建されました。

文久3年の下関攘夷戦では、
正規部隊である撰鋒隊が屯所としますが、
撰鋒隊は奇兵隊と対立するに至り、
同年8月16日に… 続きを読む

下関市田中町 見返橋

思案橋見返橋思切橋と称される橋は、
全国に数多く見られますが、
その多くが遊郭に関係しています。
遊郭に行こうか思案した橋が思案橋で、
遊郭で楽しんだ客が後ろ髪を引かれ、
後ろを見返った橋が見返橋。
そして思い切って渡った橋が思切橋です。… 続きを読む

下関市南部町 綿屋弥兵衛宅跡

禁門の変で直接戦火を交えた薩長両藩
この両藩を和睦させる為に、
筑前勤皇党(福岡藩)の月形洗蔵らや、
土佐脱藩の坂本龍馬中岡慎太郎が奔走し、
桂小五郎西郷隆盛の直接会談の場が、
赤間関で設けられることになります。… 続きを読む