旗本」タグアーカイブ

高野山奥の院墓地/久貝政俊墓所

奥の院墓地にある三州久貝家の墓所。
久貝家は今川家家臣だった家で、
久貝正勝の代で徳川家康に仕えています。


祖閞院殿不用道無大居士(中央)」。
旗本寄合久貝正俊の墓。
正俊は久貝正勝の子として生まれ、
徳川秀忠の… 続きを読む

島根県益田市 益田戦争戦死者の墓

慶応2年の第二次長州征伐幕府軍は、
大島口芸州口小倉口、そして石州口より、
長州藩の領内へ侵攻する事と決定します。
これに対する長州藩側の戦略としては、
他の戦線は防戦の方針を取りながら、
石州口では… 続きを読む

大分県杵築市 山田墓地/羽柴家墓所

立石領主木下家11代木下俊清の墓が、
山田墓地という場所にあるとのことで、
その情報を頼りに行ってみましたが、
どこを探しても見つかりませんでした。
仕方なく後日杵築市教育委員会に連絡し、
本当に墓所があるのかを訪ねると、
山田墓地の最奥にあるとのこと。

そういう訳で再訪しましたが、
最奥らしき場所には何もない・・。
その奥は道が無かったのですが、
あきらめず道なき道続きを読む

大分県宇佐市 時枝陣屋跡

時枝陣屋寄合席時枝小笠原家の陣屋。
時枝小笠原家は忠脩流小笠原家の分家で、
※忠脩流小笠原家=安志藩小笠原家
中津藩時代に3代小笠原長胤が、
小笠原長宥に5000石を分与して成立。
当初は蔵米支給で領地は定められず、… 続きを読む

大分県杵築市 立石陣屋跡

立石陣屋交代寄合立石木下家の本拠。
木下家豊臣秀吉の正室高台院の実家で、
元々は杉原氏を名乗っていましたが、
秀吉に重用されて豊臣姓木下氏を名乗り、
その姻戚として厚遇されています。
豊臣家滅亡後も紆余曲折あったものの、
大名として足守藩主及び日出藩主続きを読む

大分県杵築市 長流寺/立石木下家墓所②

/②
つづき。

同じく資料が少なく写真と少々の逸話のみ。

卽心顯宗」。
5代当主木下俊恵の墓。
安永10年(1781)、死去。


温恭義俊」。
6代当主木下俊昌の墓。
安永8年(1779)、死去。
5代までの当主の遺骸は泉岳寺続きを読む

大分県杵築市 長流寺/立石木下家墓所①

①/

長流寺は杵築市山香町にある曹洞宗寺院。
交代寄合立石木下家の菩提寺で、
歴代当主の墓所が営まれています。
立石木下家は日出藩木下家の分家で、
日出藩初代藩主木下延俊が2代木下俊治に、
1万石を四男木下延由に分知する事を遺言。… 続きを読む