下関戦争」タグアーカイブ

長崎県島原市 龍馬上陸の地

元治元年2月。
四ヶ国連合艦隊下関を攻撃するということで、
外国側と交渉してこれを回避するべく、
幕府より調停役を命じられた勝海舟は、
総勢47名の大所帯で神戸から長崎に向かいます。
この一行に坂本龍馬ら勝の門弟も同行し、
龍馬は初めて長崎を訪れる事になりました。… 続きを読む

大分県大分市 佐賀関(海舟龍馬上陸地と宿泊地)

攘夷決行による長州藩の関門海峡封鎖に対し、
四カ国艦隊の下関への報復を止まらせる為、
勝海舟は諸外国との交渉のために長崎へ向かいました。
これに神戸海軍塾の塾生坂本龍馬も同行しています。

神戸から第二長崎丸に乗り込んだ一行は、
2月15日に佐賀関に到着。
船を下りた一行は、そこから陸路を長崎に向かいます。
佐賀関は… 続きを読む

下関市前田 角石陣屋跡(ロンドンニュースの挿絵)

文久3年に起こった下関戦争というのは、
世界的にもニュースになった事件で、
有名な前田砲台が占領された写真や、
スケッチが欧米の新聞に掲載されたわけです。

砲台を占領する様子を写した従軍写真家ベアトの写真は、
多くの歴史教科書幕末書籍に掲載されていますし、
海峡での砲撃戦が描かれた絵も多く残っています。… 続きを読む

福岡県北九州市 和布刈とフランス水兵戦死者記念碑

壇ノ浦の対岸である門司の和布刈は、
下関側に突き出すような形状になっており、
関門海峡が最も狭くなっている場所です。


最も狭くなっている場所ですので、
そこに橋やトンネルが建設されている訳ですが、
それ以前より交通や戦略の要所でした。

源平の頃に門司城が建てられて戦略の重要地点となり、
本州側への睨みを利かせる役目を担います。
戦国時代には、大内氏、大友氏、毛利続きを読む

下関市前田 前田台場跡

■2020/02/01 写真差し替え及び記事修正。


長州藩下関前田台場跡」。
前田台場は、攘夷戦に備えて築かれた台場で、
文久3年5月に海峡を渡る外国船を砲撃し、
同6月に仏海軍報復攻撃を受けています。


ベアトによる前田台場占領時の写真続きを読む