福岡藩」タグアーカイブ

福岡県福岡市 明光寺(野村望東尼墓所)

女流勤皇詩人野村望東尼は、
福岡藩の尊攘派弾圧事件「乙丑の獄」により、
糸島に流刑となっていたところを、
高杉晋作の指揮により救われ、
下関の白石正一郎宅に匿われました。

労咳の晋作を看取り、以後は三田尻に滞在しますが、
長州の戦勝祈願のため断食を行ったのが祟り、
慶応3年11月に亡くなっています。

亡骸は桑山に葬られていましたが、
明治26年に… 続きを読む

福岡県福岡市 福岡城跡

黒田家以前の筑前国の旧領主小早川秀秋の居城は、
博多湾に突き出した丘陵に築かれた名島城でした。
名島は立地的に城下町整備の余裕が無かった為、
黒田長政は福崎に新しく居城を建設する事にします。

福崎を黒田家ゆかりの地である備前国福岡にちなみ、
築城の際に地名を「福岡」に改めました。
福岡の地は博多続きを読む

福岡県福岡市 崇福寺(福岡藩主黒田家墓所)

※2020/02/04 画像の一部差し換え。

崇福寺は元々大宰府にあった臨済宗の寺院で、
黒田長政関ヶ原の戦いの功績により、
筑前国52万石を与えられた際に移転しました。
以後、福岡藩主黒田家の菩提寺として、
福岡藩の庇護を受けて隆盛したようです。

廃仏毀釈運動の煽りで荒廃していたのを、
明治28年に渡辺玄外和尚が住職となり復興。
後の福岡大空襲続きを読む

福岡県筑紫野市 月形洗蔵幽閉の地

月形洗蔵は過激な勤皇思想と正義感ゆえに、
佐幕寄りの藩主に勤皇と諸藩の罪状を建白して、
藩主の怒りに触れてしまいます。

洗蔵は、家禄没収のうえ牢居という重い罰を受け、
約4年間の幽閉生活を送りました。
福岡県筑紫野市にある九州自動車道筑紫野ICの近くに、
彼が幽閉生活を送った場所を示す碑があります。

月形洗蔵幽閉の地」。
幽閉されていた農家佐伯五三郎宅は、
碑の目の前の高速道路の通る位置。
幽閉中、洗蔵は部屋の端に座って本を読み、
近所の子供たちに学問を教えて暮らしました。… 続きを読む

福岡県福岡市 少林寺(月形洗蔵墓所)

月形洗蔵は、平野国臣と共に福岡藩尊攘志士の2大巨頭
薩長同盟陰の立役者として知られ、
高杉晋作も相当にお世話になりました。

彼をはじめとした福岡藩尊攘志士の活躍が無ければ、
薩長同盟の締結はあり得なかったでしょう。

残念なことに、長州や薩摩は藩ぐるみで国事を遂行したのですが、
福岡藩ではそうはならなかった。藩主が… 続きを読む