西郷隆盛」タグアーカイブ

鹿児島県鹿児島市 鶴丸城跡【再訪】

九州新幹線が出来てから、
新下関から鹿児島中央まで2時間となり、
かなり行きやすくなっています。
とはいえ、仕事で行く場合は荷物があるので車が多く、
今回たまたま荷物が少なかったので、
始めて新幹線で鹿児島まで行きました。

何度か鹿児島には来た事ありますが、
なかなか史跡に行く事が出来ず、
鹿児島の記事は相当古いものしかない。
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福岡県宗像市 五卿西遷之遺跡

長州より海を越えて九州に入った三条実美五卿は、
赤間宿の御茶屋(本陣)に25日間滞在しています。

赤間宿では福岡藩家老加藤司書が出迎えたのですが、
加藤は帯刀し、御茶屋には竹矢来が組まれていました。
※囚人が逃げないようにする柵。
貴人にとって礼節を欠いた行為に五卿らは憤慨し、
薩摩藩に不満の手紙を出します。
これを読んだ… 続きを読む

東京都台東区 上野恩賜公園

出帳先に宇部北九州の空港から直行便がない場合、
羽田を経由して新幹線などで現地へ行く場合が多い。
そんなわけで用がなくても東京に行く機会は多く、
今年に入ってだけでもすでに3回も来ています。

東京というのは今も昔も大都会なわけで、
何度来てもその巨大さに恐縮してしまいますし、
我が地元との差を無意識にも感じてしまうもの。

江戸時代より… 続きを読む

長崎県平戸市 元回船問屋明石屋永山邸

平戸田助浦は安土桃山時代、
領主松浦鎮信が小値賀島、壱岐、呼子から、
領民を移住させたことに始まります。
風待ち、潮待ちの港として発展し、
捕鯨なども行われており、
最盛期には遊女屋30軒、
遊女120人を数える港となり、
平戸を訪れた人は必ず寄る場所とされました。


赤丸の場所が田助浦(田助港)。

上方へ向かう薩摩船の寄港でもあった田助浦は、
多くの薩摩藩士が訪れています。
西郷吉之助(隆盛)もその一人でした。


「… 続きを読む

「消された「西郷写真」の謎」斎藤充功

西郷隆盛の写真は、はたしてあるのか?という題材で書かれた本。
消された「西郷写真」の謎」というタイトルから、
陰謀系のトンデモ本かと思ったらそうでもなかった。

著者の斎藤充功は、ノンフィクション作家で、
近現代史、犯罪者、刑務所事情といったテーマを中心に、
取材・執筆を行っている人だそうです。
これが西郷隆盛の写真だ」と世に出回っている写真を、
法人類学の権威東京歯科大学橋本正次教授の鑑定を軸に検証していきます。… 続きを読む