昭和27年から37年にかけて、
宮之城町で融和事業及び失業対策事業、
並びに都市計画事業等が計画され、
これに基づいて墓地の整理が行われて、
前岡墓地、秋葉墓地、大道寺墓地、
西ヶ迫墓地… 続きを読む
「鹿児島県」カテゴリーアーカイブ
鹿児島県薩摩郡 興全寺墓地/御下墓所
佐志交流館の脇より山手に行くと、
興全寺墓地があり、
佐志島津家の祖御下姫の墓があります。
「桂樹院殿虚窓従伯菴」。
御下姫の墓。
宗家17代当主島津義弘の次女で、
幼名は千鶴であったとされ、
成長して御下と名乗ったとされますが、… 続きを読む
鹿児島県薩摩郡 佐志御仮屋跡
佐志郷は佐志島津家が領した外城。
佐志島津家の石高は3000石とされ、
御仮屋を中心に麓が形成されていました。
「佐志島津家御仮屋跡」。
佐志島津家の御仮屋跡は、
佐志交流館や佐志小学校のある辺り。
石垣… 続きを読む
鹿児島県伊佐市 曽木の滝
曽木の滝は仙台川上流に位置する滝で、
東洋のナイアガラとも称され、
豊臣秀吉も島津征伐の帰路に立ち寄り、
その雄大な景観を楽しんだとされます。
「曽木の滝」。
滝の高さは12m、幅は210mもあり、
変化に富んだ地形に豪快に注ぐ水は、
非常に荒々しく流れています。
「… 続きを読む
鹿児島県出水市 出水宿跡
出水宿は薩摩街道の宿場町。
平良川と武家屋敷の間に挟まれ、
その御用商人達が集まった場所で、
数軒の旅籠かあったとされています。
和泉市本町周辺。緑の線が街道筋で、
青くぼかし辺りが出水宿跡。
「出水宿跡」。
街道筋は出水麓の… 続きを読む
鹿児島県出水市 出水御仮屋跡
薩摩藩は領内各地に外城(麓,郷)を設け、
そこに武士を配置して定住させて、
防備拠点として武家屋敷群を構成し、
独自の外城制度を確立させています。
外城は領内に120もあったとされ、
御仮屋と呼ばれた役所を中心に、
数本の馬場と細い道で町割され、
そこに武家屋敷が配置されていました。
「竪馬場通り」。
薬医門を構えた武家屋敷が並ぶ馬場。… 続きを読む
鹿児島県鹿児島市 福昌寺跡/島津久光墓所
福昌寺跡には島津久光の墓もあります。
久光は明治4年に玉里島津家を興しており、
最終的に島津宗家の人間ではありませんが、
宗家歴代の墓が居並ぶ宗家墓所の中央に、
最も広い墓域で聳えています。
「前左大臣従一位大勲位侯爵島津久光墓」。
玉里島津家初代当主島津久光の墓。
薩摩藩10代藩主島津斉興の五男で、… 続きを読む