紹隆寺は重富島津家の菩提寺で、
廃仏毀釈により廃寺となっていましたが、
昭和63年に永平寺の不老閣を移設し、
再建を果たしています。
島津家墓所を巡っていると、
その菩提寺は悉く破壊されていた為、
紹隆寺も廃寺のままだと思っていました。
墓地の横に大きな仏殿があったのは、
勿論気が付いてはいましたが、
別の寺院であると思い込んで、
墓地だけを訪問してしまっています。
基本的に墓所へ参拝する時は、… 続きを読む
鹿児島県姶良市 紹隆寺/重富島津家墓所
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紹隆寺は重富島津家の菩提寺で、
廃仏毀釈により廃寺となっていましたが、
昭和63年に永平寺の不老閣を移設し、
再建を果たしています。
島津家墓所を巡っていると、
その菩提寺は悉く破壊されていた為、
紹隆寺も廃寺のままだと思っていました。
墓地の横に大きな仏殿があったのは、
勿論気が付いてはいましたが、
別の寺院であると思い込んで、
墓地だけを訪問してしまっています。
基本的に墓所へ参拝する時は、… 続きを読む
亨徳寺は萩市北古萩町にある曹洞宗寺院。
享徳元年(1452)に大内教弘が創建しており、
はじめは真言宗の寺院だったという。
寺号は創建の年号に由来するようで、
元亀年間には曹洞宗に改宗し、
海潮寺の南側(現海潮寺墓地)に移転しますが、
慶安2年(1649)に火災で焼失しています。
後に国司備前による浄財勧募が行われ、
再建されて現在地に移転しました。
「… 続きを読む
山口市小鯖にある泰雲寺。
ここに益田七内の五輪塔があります。
「正通院殿要甫紹玄居士」。
問田深野の領主益田七内の墓で、
若殿の守役を務めていたようですが、
泰雲寺で乗馬の稽古をしていた際に、
若殿を落馬させて… 続きを読む
慶応3年3月17日。
天花に置かれた長州藩の火薬庫が爆発し、
作業に従事した16人が爆死しました。
朝四ッ半時(午前11頃)に爆発して炎上し、
九ッ時(正午頃)に鎮火したという。
施設は水車等を含め全て焼失したようです。
その犠牲者16人の墓が、
龍福寺の墓地に現存しています。
「山門」。
龍福寺は建永年間(1206‐1207)の創建で、… 続きを読む
法明院は平安時代創建の古刹で、
元は長徳寺という天台宗寺院でしたが、
後に荒廃して戦国期に九江滋淵が再興。
曹洞宗の寺院となっています。
「法明院」。
本堂… 続きを読む
俊龍寺の本堂裏にある柳澤家歴代墓所。
長州藩寄組柳澤家の初代当主柳沢元政は、
12代将軍足利義晴、13代足利義輝、
15代足利義昭に仕えた足利幕府の幕臣で、
義昭が織田信長に追放されると、
これに追従して… 続きを読む
俊龍寺は大内家家臣弘中氏の菩提寺で、
献珠院や延楽寺と呼ばれたようですが、
大内氏滅亡後に荒廃していたという。
その後に毛利家家臣柳澤元政が再興し、
毛利輝元の命で足利将軍らや、… 続きを読む