江戸初期の加藤家熊本藩(52万石)では、
一国一城令の例外として麦島城が認められ、
支城として城代が置かれていましたが、
元和5年(1619)の大地震により崩壊。
この為に2代加藤忠広は幕府の許可を得て、
球磨川の徳淵… 続きを読む
「続日本百名城」タグアーカイブ
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岩手県二戸市 福岡宿跡
福岡宿は奥州街道の97番目の宿場町。
元々は二戸と呼ばれていましたが、
九戸政実の乱後に福岡と改称されました。
九戸城跡周辺。緑の線が奥州街道で、
ピンク線が九戸村に続く白鳥道。
青でぼかした辺りが宿場だった場所。
南から浪打峠を越えて北上し、
久府坂を下ったT字路から、
福岡宿に入ります。… 続きを読む
愛知県豊橋市 吉田城
吉田城は戦国時代初期に牧野古白が、
今橋城を築いたことに始まり、
松平家、戸田家、牧野家、今川家等が、
激しい攻防が繰り返した城でした。
やがて城名は吉田城に改められ、
東三河における最重要戦略拠点となり、… 続きを読む
奈良県大和郡山市 郡山城跡(再訪)
郡山城跡に再訪。
前回訪問時は復元予定であった極楽橋が、
完成したという事なので、
どんなものか観に行ってみました。
「追手門(梅林門)」。
この辺りは前回訪問と変わらずですが、
やはり玄関口がこれほど良い感じだと、
やっぱり1枚撮ってしまいますね。
法印曲輪跡よりの本丸高石垣及び天守石垣。
やはり郡山城の内堀は壮大です。… 続きを読む
山形県鶴岡市 鶴ヶ岡城跡
戊辰戦争で最強と称えられた庄内藩。
念願であったその居城を訪問しました。
庄内は上杉家と最上家が奪い合った地で、
豊臣政権時代は上杉領となっていましたが、
関ヶ原の戦いの後に米沢に減転封され、
代わって最上家が庄内地方を領します。
最上家は庄内地方の領地拠点として、
大宝寺城、… 続きを読む