臨済宗」タグアーカイブ

福岡県北九州市 開善寺/小笠原内匠祖之墓

開善寺原家墓域に何故か、
小笠原内匠祖の墓があります。


小笠原内匠祖之墓」。
小笠原内匠祖の墓。
何故原家の墓域にあるか不明ですが、
墓地移転の際にこうなったのでしょう。
小笠原内匠は藩主一門の家格で、
[御名字之族]と称される系譜。
執権職を拝命する重臣拾四家続きを読む

福岡県北九州市 開善寺/小宮家墓所

開善寺にある小宮家の墓所。


小宮家墓所」。
小宮家は信州時代より小笠原家に仕え、
重臣拾四家のひとつとされた名門。
資料に乏しく当主の系譜は不明ですが、
居士銘入った墓碑は以下のとおり。
※( )内は特定出来た被葬者。
天球院遍界不藏居士(小宮主鈴親展)… 続きを読む

兵庫県姫路市 済水寺/建部長教墓所

済水寺は姫路市林田町にある臨済宗寺院。
享保11年(1726)に大庄屋三木重郎右衛門が、
祖先を祀る為に田畑を寄付して建立。
始めは自肯庵と称していましたが、
宝暦年間に済水寺と改称しています。


山門」。
天明元年(1781)建立の山門。
広い敷地の中央に建っています。


本堂」。… 続きを読む

三重県桑名市 長寿院

長寿院は桑名市北寺町の臨済宗寺院。
元々は陽向寺という寺だったようですが、
桑名藩2代藩主松平定行は、
伊予松山藩初代藩主となる。
正室であった長寿院が死去した際、
実家島津家の宗派が臨済宗だった為、… 続きを読む

三重県津市 圓光寺/分部家墓所

圓光寺は河芸町上野にある臨済宗寺院。
延文3年(1358)に創建されており、
後光厳天皇の勅願寺となっていました。
応永4年(1397)には足利義満の祈願所となり、
以後は歴代足利将軍が帰依。
元亀年間(1570-1573)に分部光嘉により、
現在地に移されたとされています。
光嘉は圓光寺を分部家の菩提寺とし、
父や実子の墓も建てていますが、
分部家の… 続きを読む