[四国地方]」カテゴリーアーカイブ

愛媛県宇和島市 大隆寺(宇和島藩伊達家墓所)

宇和島藩伊達家のもうひとつの菩提寺大隆寺は、
以前の宇和島藩主富田信高により建立されたもので、
建立当時は金剛山正眼院の名で呼ばれていました。

富田信高は、豊臣秀吉の側近富田一白の嫡子で、
父の死後に家督を継いて安濃津城主となります。
関ケ原の戦いでは… 続きを読む

愛媛県宇和島市 等覚寺(宇和島藩伊達家墓所)

龍華山等覚寺宇和島藩伊達家の菩提寺で、
初代から4代藩主および、
6代以降の偶数代の藩主の墓所があります。


等覚寺山門」。
等覚寺は初代藩主伊達秀宗が、
母の菩提を弔うために建立した寺で、
建立当時は龍泉寺という寺名でした。
その後、秀宗が死去して龍泉寺に葬られたため、
秀宗の戒名(等覚寺殿拾遺義山常信大居士)より、
寺名を等覚寺と改められています。… 続きを読む

愛媛県宇和島市 大村益次郎住居跡

周防の村医村田良庵は、緒方洪庵適塾で蘭学を学び、
塾頭を勤めた後、鋳銭司に帰って医者を開業しています。

高野長英を幕吏の探索によって失った宇和島藩では、
高野に代わるのような蘭学者を求めていましたが、
そこで白羽の矢が立ったのが、
二宮敬作を訪ねに来た村田でした。

二宮や高野門下の藩士に一流の蘭学者と認められた村田は、
宇和島藩主… 続きを読む

愛媛県宇和島市 高野長英の隠れ家

戊戌夢物語で幕府の対外批判を行った高野長英は、
渡辺崋山らとともに蛮社の獄で捕えられますが、
牢屋敷の火災で放たれて脱獄し、
硝酸で顔を焼いて人相を変えて逃亡生活を送った末に、
二宮敬作を頼り、二宮の推挙で宇和島に移ります。

宇和島藩主伊達宗城は高野を庇護し、
兵法書などの翻訳や、兵備の洋式化、
砲台の建設に従事させました。


瑞皐高野長英先生居住之地」。
高野長英が宇和島在住の際に住んだ家で、
明治後期に建て替えられたもの。
長年「高野長英の隠れ家」として伝えられてきましたが、
老朽化して荒廃してしまっていた為、
宇和島市が平成23年に復元しています。… 続きを読む

愛媛県宇和島市 宇和島城

宇和島藩伊達家がほぼ江戸時代を通じて治めた外様藩

藩祖伊達秀宗は「独眼竜」の異名を持つ伊達政宗の庶長子で、
はじめ世子でしたが、正宗の正室愛姫に忠宗が生まれた為、
別家を興じて幕府より… 続きを読む