佐賀県」カテゴリーアーカイブ

佐賀県武雄市 武雄鍋島家別邸跡

28代武雄領主であった鍋島茂義は、
嘉永4年に隠居屋敷を造設しており、
そこに造園された庭園が残されています。


鍋島藩武雄領主の庭園」。
明治元年。本拠であった武雄陣屋が火災で焼失。
※武雄陣屋跡は現在の武雄高等学校の敷地。
29代武雄領主鍋島茂昌続きを読む

佐賀県武雄市 円応寺(武雄鍋島家墓所)

古くから武雄の領主であった後藤家でしたが、
龍造寺隆信の勢力拡大により、
その支配下となっていました。

隆信が沖田畷の戦いで討ち取られた後、
跡を継いだ龍造寺政家より竜造寺姓を賜りますが、
竜造寺家は鍋島直茂が実権を掌握。
鍋島家と龍造寺一門との融和政策が行われ、
武雄竜造寺家も鍋島姓を賜り、
以後は武雄鍋島家として、… 続きを読む

佐賀県神埼市 伊東玄朴旧宅

佐賀県神埼市にある仁比山神社の参道沿いに、
幕末の幕府奥医師伊東玄朴の旧宅があります。

玄朴は、仁比山神社仕えた農民執行重助の長男で、
漢方医古川左庵に入門して医学を学び、
父の死後に自宅を建て直して医院を開業しました。

約4年間村医者として地域に尽くしましたが、
西洋医学に興味を持ち蓮池の蘭医島本良順続きを読む

佐賀県佐賀市 鍋島家春日御墓所

佐賀藩主鍋島直正(閑叟)は、
文化11年に江戸桜田藩邸で生まれ、
明治4年に58歳で同じく桜田藩邸で死去し、
亡骸は麻布の賢宗寺に葬られました。

この春日山には遺髪納められていましたが、
平成11年になって遺骨が賢宗寺より改葬され、
また、最後の藩主鍋島直大続きを読む