江戸時代の庶民の埋葬は、
幕府によって定めた寺請制度により、
各寺院に檀家の埋葬が行われていましたが、
明治政府は朱引内での埋葬を禁ずると共に、
[墓地取扱規則]を設定して、
東京府内9ヶ所を公共墓地を指定しました。… 続きを読む
「[東京都]」カテゴリーアーカイブ
東京都品川区 品川宿跡
品川宿は東海道の第一宿で、
江戸を出発して品川宿に宿泊するなんて、
そんな旅人は殆ど居ないでしょうから、
入ってくる方がメインだったと思われます。
ですが品川宿が賑わっていたのは、
江戸入り前の最後の宿泊地としてではなく、
単純に[岡場所]のひとつとして、
江戸の人々に利用されていたからでした。
宿場には飯盛女を置く事が許されていた為、
これを目当てにやって来る江戸っ子が多く、
本来の宿場は旅人の為にあるはずですが、
江戸の男達の遊び場となっていた様です。… 続きを読む
東京都千代田区 南町奉行所跡
江戸町方の司法と行政を管轄した町奉行は、
北町奉行、南町奉行と月番で分かれ、
それぞれが月ごとに業務を行っていました。
つまり庶民が訴え事を申告しようと思ったら、
その月の月番の奉行所に行かなければ、
訴訟を受理してもらえないということ。
最寄の・・というわけではなかったようです。
もちろん月番以外は遊んでるわけではなく、
受理された訴訟の処理や、
刑事事件の捜査が行われており、
またそれぞれに割り当てられる商業案件は、
月番に関係なく常に行われていました。… 続きを読む
東京都台東区 上野恩賜公園
東北に出張に行く場合には、
羽田を経由して行く場合が多くあり、
用がなくても東京に行く機会があります。
今年だけでも既に3回。
東京というのは今も昔も大都会で、
何度来ても巨大さに恐縮し、
我が地元との差を感じてしまうもの。
江戸時代より世界一の人口を誇っており、
※諸説あります。
他の地域が勝とうなんて不可能です。
しかしながら東京が巨大であればある程、
郷土への愛… 続きを読む
東京都千代田区 北町奉行所跡
東京駅八重洲北口を出て、
丸の内トラストシティ東側の歩道に、
北町奉行所跡の説明板があります。
高層ビルの谷間。
興味の無い人は毎日通っていても、
全く気が付かないかもしれません。
「北町奉行所跡」説明板。
北町奉行所は南町奉行所と共に、
江戸町方の司法・… 続きを読む
東京都日野市 石田寺/土方歳三墓所
石田寺は土方歳三の墓所。
日野に来てここは外せません。
土方については説明するまでもないですが、
新選組の鬼の副長であった人物。
新選組については研究者やファンが多く、
僕ごときが語るのはおこがましいですが、
彼の一貫した合理主義には感銘を覚えます。
新撰組という組織を運営するにあたっては、
局中法度等の厳しい隊規が理想的であり、
これ以上の方針はありえないと思いますし、
成り立たなかったともいえます。
奥羽列藩同盟… 続きを読む