森岡宿は羽州街道の44番目の宿場町。
豊岡宿と半月交代で宿場を努めました。
三種町豊岡及び森岡周辺。
緑の線が街道筋で、
下側の青でぼかした辺りが森岡宿。
「森岡宿跡」。
宿場跡には何も残っておらず面影も無し。
森岡宿と豊岡宿は時期に諸説ありますが、
とにかく半月交代で宿駅を務めています。
森岡宿の方が早くから宿駅であったらしい。
森岡宿の本陣が火災で焼失した為、
豊岡村の… 続きを読む
「秋田県」カテゴリーアーカイブ
秋田県山本郡 豊岡宿跡
豊岡宿は羽州街道の45番目の宿場町。
森岡宿と半月交代で宿場を努めました。
三種町豊岡及び森岡周辺。
緑の線が街道筋で、
上側の青でぼかした辺りが豊岡宿。
「豊岡宿跡」。
真っ直ぐ伸びた街道筋には、
現在も建物が並んでいますが、
往時の遺構のようなものは無し。
本陣は舘岡彦右衛門が務めたとされますが、
どこにあったのかわかりません。… 続きを読む
秋田県能代市 多宝院/多賀谷家墓所
多宝院は檜山領主多賀谷家の菩提寺で、
常陸の豪族であった延徳元年(1489)に、
下妻に創建された曹洞宗の寺院。
慶長7年(1602)に佐竹家の秋田転封の際、
多賀谷宣家は仙北郡白岩を与えられますが、
同15年(1610)に檜山城代となると、
多宝院も現在地に移転しています。… 続きを読む
秋田県能代市 清徳寺/肥州藩八勇士墓所
大館城を落とした盛岡藩勢は、
羽州街道を南下して小繋まで進軍。
久保田藩勢は荷上場まで後退し、
米代川を挟んで両軍が睨み合いました。
やがて新政府軍の援軍として佐賀藩及び、
小城藩… 続きを読む
秋田県北秋田市 坊沢宿跡
坊沢宿は羽州街道の53番目の宿場町。
かつては浅利氏家臣長崎氏の居館があり、
その城下町だったとされています。
北秋田市坊沢周辺。緑の線が街道筋で、
青でぼかした辺りが宿場のあった場所。
「坊沢宿跡」。
集落としては結構な規模のようで、
往時も大きな宿場だった模様。
領主であった長崎氏は浅利氏没落後、
帰農して名主となったようで、
江戸時代… 続きを読む
秋田県北秋田市 前山宿跡
前山宿は羽州街道の52番目の宿場町。
前山の名が初めて記録に残されたのは、
文禄3年(1594)年とされており、
浅利氏と秋田氏の抗争に巻き込まれ、
周辺の農村が放火や撫斬されたようで、
この件が大坂に報告させた際に、
被害村に前山村の名が挙がっています。
当時の前山村は現在より東側で、
伊勢堂長根の辺りとされますが、
宝永4年(1707)の米代川… 続きを読む
秋田県北秋田市 今泉宿跡
今泉宿は羽州街道の51番目の宿場町。
前山宿と小繋宿の間にある宿場ですが、
情報があまりありません。
北秋田市今泉周辺。緑の線が街道筋で、
青でぼかした辺りが宿場のあった場所。
「今泉宿跡」。
周辺の他の宿場同様に古い家々は無し。
雪があるせいもあるかもしれませんが、
歩いても何も見つけられませんでした。
秋田戦争では盛岡藩… 続きを読む