大黒寺は伏見区鷹匠町にある真言宗寺院。
島津義弘が祈祷所としたことで、
薩摩の守り本尊[出世大黒天]にちなみ、
大黒寺と称したようですが、
元々は長福寺という寺名だったようです。
「大黒寺」。
薩摩藩にゆかり深い寺であった為、
一般では薩摩寺… 続きを読む
京都府京都市 大黒寺
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大黒寺は伏見区鷹匠町にある真言宗寺院。
島津義弘が祈祷所としたことで、
薩摩の守り本尊[出世大黒天]にちなみ、
大黒寺と称したようですが、
元々は長福寺という寺名だったようです。
「大黒寺」。
薩摩藩にゆかり深い寺であった為、
一般では薩摩寺… 続きを読む
寺田屋は慶長2年に伏見に開業し、
三十石船と寺田屋浜を持った船宿。
※三十石船は大坂と京都を結ぶ通船。
店が置かれた京橋周辺は京への入口で、
薩摩藩の常宿に指定されており、
また西国雄藩の藩士らも宿泊した為、
大変に繁盛していたという。
幕末期の当主寺田屋伊助… 続きを読む
伏見宮貞成親王は伏見宮栄仁親王の子で、
北朝3代崇光天皇の孫にあたります。
101代称光天皇に嫌われていた為、
親王宣下を受けた後に薙髪に追い込まれ、
道欽入道親王となっていましたが、
第一王子彦仁王が102代天皇に即位し、
後花園天皇となったことにより、… 続きを読む
伏見は京都と大坂を結ぶ交通の要所で、
多くの藩が藩邸を設けていました。
長州藩も伏見藩邸を置いていましたが、
それは豊臣政権時代からのもので、
当初は伏見城下西端にあったようです。
「京都市建設局伏見土木事務所」。… 続きを読む
中書島は四方を川に囲まれた場所で、
※南:宇治川、西:濠川、北/東:宇治川派流。
脇坂安治が中務少輔となり屋敷を建てると、
その役職の唐名[中書]から[中書様]と呼ばれ、
[中書様の住む島… 続きを読む