南林寺は鹿児島城下にあった曹洞宗寺院で、
その墓地には13万5000基の墓がありましたが。
廃仏毀釈によって破壊されて廃寺となった為、
大正8年の市街地拡大計画により移転させられ、
市営の草牟田墓地、郡元墓地、露重墓地、
興国寺墓地等に振り分けられました。
これらは… 続きを読む
鹿児島県鹿児島市 南林寺由緒墓/薬丸兼陳墓
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南林寺は鹿児島城下にあった曹洞宗寺院で、
その墓地には13万5000基の墓がありましたが。
廃仏毀釈によって破壊されて廃寺となった為、
大正8年の市街地拡大計画により移転させられ、
市営の草牟田墓地、郡元墓地、露重墓地、
興国寺墓地等に振り分けられました。
これらは… 続きを読む
草牟田墓地にある東郷重位の墓所。
東郷重位は示現流剣術の流祖で、
島津家の家臣だった人物です。
示現流は薩摩藩御留流となっており、
藩外の者への伝授は禁じられた剣術。
初太刀の鋭い斬撃が特徴で、
他藩の剣士に恐れられていました。
「東郷家墓所」。
これらの墓は… 続きを読む
妙恵会総墓所にある剣客金子健四郎の墓。
「健四郎金子君墓(左)」、
「正六位勲六等金子徳輝之墓(右)」。
神道無念流剣客金子健四郎の墓と、
その縁者金子徳輝の墓。
天保11年(1840)に水戸藩に召し抱えられ、
水戸城下で道場を開いていましたが、
安政3年に南画家… 続きを読む
本妙寺にある千葉周作の墓。
「千葉周作成政墓」。
北辰一刀流開祖千葉周作の墓。
その出生地には諸説あるようですが、
幼い頃より家伝の北辰夢想流を学び、
後に浅利又七郎義信に一刀流を習い、
双方の剣術を合わせて更に発展させ、
北辰一刀流… 続きを読む
剣豪宮本武蔵は晩年熊本藩に迎えられ、
熊本城東部に屋敷を与えられており、
その余生を過ごしています。
熊本藩初代藩主細川忠利は武蔵に対し、
破格の待遇を与えていたようで、
鷹狩りも許可されていたという。
2代藩主細川光尚も同様に接したとされ、
悠々自適な生活をしていたようですが、
やがて金峰山… 続きを読む
泰勝寺跡にある四つ御廟より、
泰勝寺歴代住職の墓域に行けますが、
そこにある2代住職春山和尚の墓の隣に、
宮本武蔵の供養塔とされる塔があります。
「伝 宮本武蔵供養塔」。
宮本武蔵は二刀流(二天一流)で知られる剣豪… 続きを読む
全生庵は台東区谷中にある臨済宗寺院。
国事殉難志士の菩提を弔う為に、
山岡鉄舟が国泰寺から越叟義格を招聘し、
明治16年に創建されました。
「全生庵」。
本尊は山岡鉄舟が持っていた葵観音。
この木像の観音菩薩像は、
元々… 続きを読む