五島列島ほぼ全域を支配していた福江藩には、
富江藩(領)という支藩(分家)がありました。
藩とはいっても石高は3000石。
基本的に藩は万石以上の大名の支配機構を指し、
この定義では富江藩は「藩」ではありませんが、
稀に石高は低くても大名格を与えられ、
「藩」と呼ばれる場合もあります。
※勿論特殊な事例で足利家の… 続きを読む
五島列島ほぼ全域を支配していた福江藩には、
富江藩(領)という支藩(分家)がありました。
藩とはいっても石高は3000石。
基本的に藩は万石以上の大名の支配機構を指し、
この定義では富江藩は「藩」ではありませんが、
稀に石高は低くても大名格を与えられ、
「藩」と呼ばれる場合もあります。
※勿論特殊な事例で足利家の… 続きを読む
長崎県五島市大円寺町にある大円寺は、
五島列島を支配した福江藩五島家の菩提寺。
五島家が宇久家を名乗っていた時代、
16代宇久盛定が松月庵を再興し、
大円寺と改称して五島家菩提寺としました。
「大円寺山門」。
藩主家の菩提寺だけあって立派。… 続きを読む
壇ノ浦の戦いで平家が敗れた後、
平清盛の弟平家盛が宇久島に流れ住み、
宇久氏を名乗ったとされます。
20代当主宇久純玄は豊臣秀吉に臣従し、
朝鮮出兵にも参加しており、
この頃から五島姓を名乗ったという。
その後21代当主五島玄雅が、… 続きを読む
慶応2年5月2日未明。
潮合崎でワイル・ウエフ号が遭難。
黒木小太郎・池内蔵太らが溺死しました。
これを知った坂本龍馬は現地に赴き、
墓碑の建設費用を村役に託したとされます。
「龍馬ゆかりの地」。
イマイチ何があったかわかりにくい名称。
[海援隊士殉難の地]とかの方が、
一般的にわかりやすいのでは?
やっぱり龍馬… 続きを読む