安国寺は松江市竹矢町にある臨済宗寺院。
宝亀4年(773)に光仁天皇により創建され、
当初は円通寺と称していたという。
康永4年(1345)に足利尊氏により、
全国に安国寺が建立されるにあたり、
出雲では円通寺が当てられ安国寺に改称。
寺領の寄進や御教書を賜ったとされ、
最盛期には寺領3000石を有しますが、
度重なる兵火で衰退していました。
「本堂… 続きを読む
「松江藩」タグアーカイブ
島根県出雲市 今市宿跡
今市宿は山陰街道の宿場町。
出雲大社への玄関口であり、
高瀬川の利用した商業の町でもありました。
出雲市今市町周辺。緑の線が街道筋で、
青でぼかした辺りが今市宿跡。
「高瀬川沿いの街並み」。
写真は街道筋ではなく少し西寄りの場所。
街道は高瀬川沿いを少しは通りますが、
それは東側のみで大部分はひとつ南の通り。
街道は一畑電鉄大津駅南側の道で、
高瀬川沿いの道に合流した後、… 続きを読む
島根県松江市 宍道宿跡
宍道宿は山陰街道の宿場町。
古くから山陽方面への分岐点として栄え、
江戸時代には松江藩の藩主領内巡視や、
出雲大社参拝の際の本陣が置かれました。
松江市宍道町周辺。緑の線が山陰街道で、
青い線が宍道尾道街道です。
青でぼかした辺りが宍道宿跡。… 続きを読む
島根県松江市 誓願寺/三谷家墓所
誓願寺は松江市寺町にある浄土宗の寺院。
元々は安来市広瀬町富田あったようで、
藩主家であった堀尾家の香華寺でしたが、
慶長16年(1611)に堀尾吉晴が、
富田城から松江城に居城を移した際、
現在地に移ったという。
後に松平直政が松江藩… 続きを読む
島根県松江市 禅慶院/因州藩五士墓所
文久3年8月17日。
河田佐久馬ら鳥取藩の尊攘派22名は、
藩論を尊皇攘夷へ移行させようとし、
京都駐屯の鳥取藩の本陣本圀寺で、
佐幕派藩士黒部権之介、高津省己、
早川卓之丞、加藤十次郎の4名を襲撃。
偶然にも非番であった加藤を除き、
黒部、高津、早川、早川の従者の4名が、
島根県松江市 玄丹かよ像
玄丹かよは鍼医師錦織玄丹の娘で、
本名は錦織加代といいました。
父の玄丹は松江藩士でしたが眼病を患い、
盲目となった為に鍼医となった人物で、
かよは盲目の父をよく助け、
生活の為に芸妓となっています。
慶応4年に山陰道鎮撫使の一行が西下。
松江藩は態度を曖昧としていた為、
領地の半分を返上するか、… 続きを読む
島根県松江市 松江宿跡
松江宿は山陰街道の宿場で、
天神川の南側に置かれました。
松江市街南側周辺。緑の線が街道筋で、
青い線は松江城への道。
青でぼかした辺りが松江宿跡。
「松江宿跡」。
松江宿の街道筋は国道9号線沿いですが、
往時の面影は皆無です。
強いて言うならば商店が多いのが名残?
松江の武家屋敷は状態良く残されており、… 続きを読む