[北海道]」カテゴリーアーカイブ

北海道松前郡 永倉新八居住地跡

新撰組の二番組組長永倉新八は、松前藩出身。
とはいえ、江戸詰家臣長倉勘次の次男でしたので、
江戸上屋敷で育っており、松前では育っていません。

永倉は神道無念流を習得して剣術に傾向し、
剣の道を究めたいと脱藩。
数々の道場で腕を試し、試衛館の食客となって、
近藤勇らと浪士組続きを読む

北海道松前郡 法幢寺(松前藩主松前家墓所)

松前城の北側は、非常時の外衛的役割の為、
寺を集中的に配置させた寺町となっています。
江戸時代初期より周辺の寺が移設され、
当時は15の寺があったようです。
しかし、松前城攻防戦における戦火と放火により、
その殆どが焼失してしまい、その後に移転した寺も多く、
現在はつの寺が残っています。


寺町」。
当時の寺町の道路は現在の半分ほどで、… 続きを読む

北海道松前郡 松前城②

つづき。
/②

資料館を出て南側へ。

二重太鼓櫓跡」。
海を望むこの場所に二重太鼓櫓がありました。
太鼓櫓という名称どおり太鼓が置かれていたようで、
城下に時を知らせていたようです。


東郭隅櫓跡」。
名称のわりに、隅にはありません。


内堀続きを読む

北海道松前郡 松前城①

①/

松前城は日本最北端日本式城郭にして、
福江藩石田城(記事はこちら)と並んで、
江戸時代の最後期に建てられた城です。
あえて日本式城郭と表現した理由は、
もっと北に同じく松前藩が建設した館城や、
函館の… 続きを読む