吉田松陰の東北遊学⑧

つづき。
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嘉永5年3月2日。
荒谷貞次郎伊東梅軒に出発の挨拶をすると、
他の弘前藩士らもやって来て、
ついつい出発が遅れてしまい、
一里離れた藤崎で宿泊(記事はこちら)。

3月3日。
宿を出て板柳鶴田を経て五所川原に至る。
金木を経て中里で宿泊。
※五所川原市内には、松陰の碑が点在(記事はこちら)。

3月4日。
宿を出て、今泉合津(相内)と十三湖を沿って歩き、
海岸線に出る。磯松脇元を通過して小泊で宿泊。
※小泊での宿泊先は大坂屋太田家(記事はこちら)。


3月2日~3月4日の行程。

3月5日。
宿を出ると松前の山々が見えた。
大砲が2門ある砲台の下を通り、海沿いを歩く。
2里ほど進んで山道に入る。
算用師峠を越えて三厩に至り、
今別大泊を経て上月(袰月)に宿泊。
※山道は「みちのく松陰道」と呼ばれ(記事はこちら)、
 大泊には「
松陰くくり」(記事はこちら)があり、
 
鋳釜崎には松陰の歌碑(記事はこちら)があります。

3月6日。
宿を出て平舘へ。砲門が7門ある砲台を見学。
道の駅たいらだての近くに、
 平舘台場跡(記事はこちら)があります。
南下して二矢村で漁舟に便乗して青森へ向かう(記事はこちら)。
この日は舟中泊。

3月7日。
夜明け頃に青森に到着。
野内麻蒸(浅虫)を経て小湊へ。
狩場沢馬門の関所(記事はこちら)を越え、
野辺地に宿泊。


3月5日~3月7日の行程。

つづく。

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