久留米藩」タグアーカイブ

天誅組以前の中山忠光⑥

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中山忠光が再び下関にやってくると、
これを好機としたのが久坂玄瑞でした。

京都で活動していた久坂ら尊攘志士30余人らは、
攘夷期限が決定されると下関に向かい、
攘夷戦に参加しようとします。
ですが京都では… 続きを読む

福岡県久留米市 遍照院(高山彦九郎墓所)

高山彦九郎は、幕末より少し前の勤皇思想家です。
京都三条大橋東詰の土下座(正確には皇居望拝)した銅像で有名。

高山は孝明天皇の2代前の光格天皇の時代、
尊号一件と呼ばれる事件で、朝廷と幕府が対立した際に、
九州を拠点に同志を募りますが、久留米で謎の自刃を遂げます。
その彦九郎の眠る墓が遍照院にあります。


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福岡県久留米市 久留米城跡

久留米城は、久留米藩21万石(外様)の藩庁。

元々は毛利元就の九男小早川秀包の居城でしたが、
関が原の戦い後に改易されています。
その後、小早川姓を捨てて毛利秀包と改名。
※小早川秀秋がその名を汚した為。
長州藩を頼りましたが翌年に病死しています。
※盟友立花宗茂との争いで負傷した傷が元とも。

その後、筑後一国が… 続きを読む