三重県」カテゴリーアーカイブ

三重県松坂市 小野古江渡跡

雲出川には橋は架けられず、
渡し場が設置されていました。


小野古江渡址」。
雲出橋の南詰西側に設置された跡碑。
本来の渡し場はもう少し下流ですが、
橋の袂に設置されています。
南北朝時代には南朝方北朝方の境界で、
※現在も津市続きを読む

三重県津市 雲出宿跡

雲出宿伊勢街道の宿場町。
雲出川の北側にあり、
雲津島貫とも呼ばれたようです。


雲出島貫町周辺。緑の線が伊勢街道で、
青くぼかした辺りが雲出宿跡。


雲出宿跡」。
宿場の面影は余りない集落。
雲出川には橋が架けられず、
旅人で舟渡し続きを読む

三重県津市 津宿跡②

/②
つづき。


宿屋町」。
フェニックス通りを越えると宿屋町
中世の頃よりの名称とのことですが、
文字通り宿屋が軒を連ねていたようです。


地頭領町」。
正確な由来はわかりませんが、
地頭職の領地だった場所でしょうか?
旅館業が許されたのは地頭領町までで、… 続きを読む

三重県津市 津宿跡①

①/

津宿は津城下に置かれた伊勢街道の宿場。
津は古代から中世にかけて栄えた港町で、
古くは安濃津と呼ばれていました。
慶長13年(1608)に藤堂高虎が入封し、
津城を大改修すると共に城下町を整備。
海岸沿いを通る伊勢街道を城下に引き込み、
宿場町として発展させています。
[… 続きを読む

三重県津市 四天王寺

四天王寺は津市栄町にある曹洞宗寺院。
推古天皇の勅願で聖徳太子が建立したとされ、
また用明天皇の時代に聖徳太子が、
物部守屋に敗れた際に四天王尊像を刻み、
勝利すれば仏塔を作り仏法を広めると誓願。… 続きを読む

三重県津市 華林廟

大溝藩分部家初代当主分部光嘉の墓は、
津市河芸町上野の圓光寺にありますが、
本墓は近鉄名古屋線の線路脇にあり、
その墓所は華林廟と呼ばれています。


華林廟」。
線路脇にある分部光嘉の墓所。
線路は後に引かれたものですが、
よくぞ移転されずに残ったものです。
大溝藩4代藩主… 続きを読む

三重県津市 圓光寺/分部家墓所

圓光寺は河芸町上野にある臨済宗寺院。
延文3年(1358)に創建されており、
後光厳天皇の勅願寺となっていました。
応永4年(1397)には足利義満の祈願所となり、
以後は歴代足利将軍が帰依。
元亀年間(1570-1573)に分部光嘉により、
現在地に移されたとされています。
光嘉は圓光寺を分部家の菩提寺とし、
父や実子の墓も建てていますが、
分部家の… 続きを読む