紀伊田辺城は紀州藩の浅野家時代に、
家老浅野左衛門佐知近によって築城され、
一国一城令の際に陣屋に改築されたという。
紀州藩に徳川頼宣が入封してからは、
田辺領3万8000石が附家老安藤家に与えられ、… 続きを読む
和歌山県田辺市 紀伊田辺城跡
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紀伊田辺城は紀州藩の浅野家時代に、
家老浅野左衛門佐知近によって築城され、
一国一城令の際に陣屋に改築されたという。
紀州藩に徳川頼宣が入封してからは、
田辺領3万8000石が附家老安藤家に与えられ、… 続きを読む
新宮城は紀州藩の支城だった城で、
新宮藩立藩後には藩庁となっています。
城地は丹鶴山と呼ばれる小高い丘で、
源為義の娘丹鶴姫の住んだ東仙寺があり、
元々の新宮城は市内… 続きを読む
高瀬は菊池川に面した水運の要所で、
古くから商業地として発展していたという。
中世期には唐船も出入りしていたとされ、
多くの人と物資が集まったようで、
江戸時代には熊本藩領となって更に発展。
八代や川尻と並び五ヶ町… 続きを読む
福山城に再訪。
前回訪問時は補修工事だったので、
天守は養生幕に覆われていましたが、
令和4年に工事は完了しています。
そこで福山城へ再訪しようと思いましたが、
行ける時間が夕方以降であった為、
どうせならライトアップされた夜に行き、
前回と趣向を変えた方が良いかも?と、
暗くなってから訪問する事としました。
「東側登城口」。… 続きを読む
明治2年の版籍奉還により、
勝山城の土地建物は国有化された為、
知藩事三浦顕次は旭川上流の台地に、
居館を建設して移り住みました。
「椎ノ木御殿」。
門前に椎の巨木があった為に、
椎ノ木御殿… 続きを読む
美作高田城は真庭市勝山にあった山城で、
美作国高田荘の領主三浦氏が築城し、
その本拠としていました。
戦国時代初期に尼子家が勢力を伸ばし、
一旦は城を奪われるも奪還していますが、
永禄7年(1565)に毛利家麾下の三村家親が、
高田城を攻めて当主三浦貞勝… 続きを読む
母里藩は松江藩の支藩。
寛文6年(1666)に松江藩初代藩主松平直政が、
三男松平隆政が1万石を与えて立藩しました。
最初は蔵米支給の新田藩でしたが、
2代藩主松平直丘の時代に所領が確定。
母里陣屋が建てられて藩庁となりますが、… 続きを読む