山手招魂場は集義隊戦死者を祀る為、
小郡中山手に創設された招魂場で、
後に山手招魂社となっていましたが、
年月を経て社殿が老朽化していました。
この為に小郡在郷軍人有志の発起で、
浄財が集められる事となり、
昭和22年に榮山に新たに社殿を建設し、
榮山神社と社名も改称。
後に… 続きを読む
山口県山口市 榮山神社
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山手招魂場は集義隊戦死者を祀る為、
小郡中山手に創設された招魂場で、
後に山手招魂社となっていましたが、
年月を経て社殿が老朽化していました。
この為に小郡在郷軍人有志の発起で、
浄財が集められる事となり、
昭和22年に榮山に新たに社殿を建設し、
榮山神社と社名も改称。
後に… 続きを読む
吉富家は吉敷郡矢原村の豪農で、
当主は代々庄屋や大庄屋を務めています。
幕末の当主吉富藤兵衛は井上聞多と旧知で、
農民ながら尊皇攘夷思想に関心を持ち、
下関攘夷戦… 続きを読む
元治元年8月、太田市之進、山田市之允、
品川弥二郎らが御盾隊を結成し、
三田尻の桑山をその本営としました。
後に戦死者を祀る桑山招魂場が造営され、
社殿が建立されて桑山招魂社となり、
桑山護國神社、桑山社と改称して、
現在は防府市護國神社となっています。
「社殿… 続きを読む
市営桑ノ山墓地の野村望東尼の墓の周辺には、
三田尻で死去した志士らの墓もあります。
「福岡縣士族結城澹三郎墓(右)」、
「木原亀之進多々良弘幸(左)」。
福岡藩士仙田淡三郎の墓と、
奇兵隊士木原亀之進の墓。
結城澹三郎は仙田淡三郎の変名で、… 続きを読む
白井小助は寄組浦家家臣白井弥蔵の長男。
江戸藩邸で吉田松陰と起居を共にし、
それ以降親しく交友していたとされます。
松陰が伝馬町獄舎に入獄された際に、
金銭の差し入れを行っていた事で知られ、
後に松陰門下らとも親交しており、
英国公使館焼討事件にも参加。
高杉晋作… 続きを読む
長州藩は攘夷期日の文久3年5月10日、
米国商船ペンブローク号を砲撃し、
関門海峡での攘夷攻撃を開始しました。
5月23日には仏国通報艦キャンシャン号を、
同26日には蘭国軍艦… 続きを読む
法華寺は徳地にある真言宗寺院。
天平11年(739)に光明皇后の許しを得て、
行基が諸国に創建させた法華寺のひとつで、
長門国法華寺として豊浦村にあったもの。
明治6年に赤間関東南部町に移転し、
更に明治30年に現在地に移転しています。
「法華寺」。… 続きを読む