坂本龍馬」タグアーカイブ

愛媛県大洲市 壽永寺/国島六左衛門墓所

壽永寺国島六左衛門の墓があります。
一度目の訪問では墓を見つけきれず、
嘉永寺の住職さんに案内して頂き、
5年ぶりにやっと参拝ができました。


國島歴卋墓」。
大洲藩士国島六左衛門紹徳の墓。
国島は大洲藩で郡中奉行を務めた人物で、
心極流、… 続きを読む

下関市赤間町 稲荷町 裏町遊郭跡

下関は壇之浦の戦いのあった地で、
栄華をほこった平家が滅び、
一緒に京から落ち延びた高級女官らが、
平家が滅んだ後に数多く残されました。
宮中で暮らしていたこれら女官達は、
この地で生きる術を持たず、
春を売るより他はありません。
そんな彼女らが春を売ったのが稲荷町で、
彼女らは漁師相手の遊女続きを読む

下関市南部町 綿屋弥兵衛宅跡

禁門の変で直接戦火を交えた薩長両藩
この両藩を和睦させる為に、
筑前勤皇党(福岡藩)の月形洗蔵らや、
土佐脱藩の坂本龍馬中岡慎太郎が奔走し、
桂小五郎西郷隆盛の直接会談の場が、
赤間関で設けられることになります。… 続きを読む

和歌山県和歌山市 勝海舟寓居地

文久3年4月3日。
当時軍艦奉行であった勝海舟は、
海岸砲台検分の為に紀州藩を来訪。
加太和歌浦の海岸沿いの砲台を、
約30ヶ所も検分しています。
この検分の拠点となったのが、
両替商を営む清水平右衛門邸とのこと。


勝海舟寓居地続きを読む

長崎県長崎市 大浦慶居宅跡

油屋町大浦慶の居宅跡の碑があります。


大浦けい居宅跡」。
老舗の油屋大浦屋の跡地。
慶は当主大浦太平次の娘に生まれますが、
油商は不振で屋台が傾いていました。
慶は新しく茶の輸出を思いつき、
蘭通詞品川藤十郎の協力を得て、… 続きを読む

長崎県長崎市 丸山花街跡

丸山花街は寛永19年(1642)に、
長崎市中の遊女屋が集められて始まり、
昭和31年に売春防止法が公布されるまで、
遊郭街として栄えた場所。


長崎丸山華街之跡」。
丸山花街があった事を示す標柱と説明板。
ここは花街の東端に位置する場所で、
背後の石垣は遊郭街を囲むものの名残。


「… 続きを読む

長崎県長崎市 晧臺寺/小曽根家墓所

寺町通りの西側の風頭山山麓墓地群は、
急な斜面に所せましと墓が広がっています。
そこには多くの歴史上の人物の墓があって、
これを探すとなると大変。
狙いを定めて何度も行くしかありません。

晧臺寺墓地も境内の後ろ側に広がっており、
前回の楠本家墓所弊振坂沿いは序の口。
奥の墓へ行くのはなかなか骨が折れます。
坂本龍馬の長崎での支援者小曽根家墓所は、… 続きを読む