学校・学問所・私塾」タグアーカイブ

島根県鹿足郡 岡熊臣旧宅

津和野川の上流にある山下村に、
藩校養老館の初代国学教授で、
神道家の岡熊臣の旧宅があります。


電柱以外は江戸時代と同じであろう風景。
中央の建物が岡熊臣の旧宅です。

富長山八幡宮の神官岡忠英の子に生まれ、
幼少時より学問を好んで書物を読み漁り、
本居宣長続きを読む

山口県防府市 西山塾跡

慶応2年。
大楽源太郎大道上り熊という場所に、
西山塾(西山書屋)という私塾を開設します。
高杉晋作功山寺挙兵により、
長州は内訌戦に移行。
大楽も忠憤隊を組織して参戦しました。
この内訌戦の末に正義派政権が誕生し、… 続きを読む

山口県山口市 周防明倫館兵学寮跡

長州藩の藩校といえば明倫館ですが、
幕末にから山口に藩庁が移転されるに伴い、
藩校である明倫館も山口に置かれました。

もちろん萩明倫館もそのまま置かれたままで、
萩と山口に両立するカタチになります。
山口明倫館は郷校山口講習堂を、
藩庁移転に伴って改称したもので、
文学および兵学続きを読む

長崎県大村市 五教館跡

現在の大村市立大村小学校の敷地内に、
大村藩の藩校五教館がありました。
九州では最も早く設立された藩校であり、
全国でも7番目に出来た藩校とされます。

4代藩主大村純長によって設立され、
校名は集義館静寿園と変更された後、
9代藩主大村純鎮によって五教館と改称。… 続きを読む

岡山県総社市 浅尾陣屋跡

豊臣秀吉の旗本であった蒔田広定は、
父の蒔田広光が死去すると、
その跡を継いで1万石の大名となりましたが、
関ヶ原の戦い西軍に属したために改易。
後に舅であった大島光義や、
親交のあった浅野行長らの尽力で許されて、
備中浅尾に転封となり… 続きを読む

岡山県高梁市 備中松山城②

/②

展望台より備中松山城を遠望した後、
そこから高梁市街へ向かう。
高梁市街は山に囲まれた盆地で、
そこを高梁川が貫流しており、
川の両岸に城下町を形成しています。
高梁市街の北側に備中松山城があり、
山城は平時には不便な為、
山麓に御根小屋続きを読む

岡山県津山市 津山城跡

津山城津山藩の藩庁。
美作国は領主が幾度も代わった地で、
小早川秀秋の領地でしたが、
秀秋の死で小早川家が無嗣改易となり、
川中島藩より森忠政が入封します。
忠政は新たな居城の建設を計画し、
築城場所をめぐって家中で騒動が発生し、
暗殺や出奔等の騒ぎが起きています。
紆余曲折を経て… 続きを読む