八幡浜市の出張を終えての帰路、
もう一度大洲市へ。
藩庁と藩主家の墓を網羅したいので、
今度は藩主家も訪問しようと、
勇んで再び大洲市へ。
またいろは丸購入の不手際で非難され、
自刃した国嶋六左衛門の墓も参りたいと、
まずは寿永寺へ向かいました。
「壽永寺」。… 続きを読む
八幡浜市の出張を終えての帰路、
もう一度大洲市へ。
藩庁と藩主家の墓を網羅したいので、
今度は藩主家も訪問しようと、
勇んで再び大洲市へ。
またいろは丸購入の不手際で非難され、
自刃した国嶋六左衛門の墓も参りたいと、
まずは寿永寺へ向かいました。
「壽永寺」。… 続きを読む
「龍馬裁判:龍馬暗殺 真犯人編」という映画を、
あの加持将一がつくるらしい。
まさか例のトンデモ推理を映像化!?・・・・まじっすか!
なんだか嫌な予感がしますね・・・・
ですが政治批判を目的に歴史を捻じ曲げる輩が多い中、
加持将一という人には、政治的な意図はあまり感じられない。
なんだかもっと無邪気な下衆さが感じられるのです。
その分マシ… 続きを読む
長州藩の攘夷決行に対抗する為、
四ヶ国艦隊は下関への攻撃を決定しますが、
勝海舟はこれを制止する為に長崎へ向かい、
これに坂本龍馬も同行しています。
神戸から第二長崎丸に乗り込んだ一行は、
文久4年2月15日に佐賀関に到着。
そこから陸路を長崎に向かいました。
佐賀関は熊本藩飛地で四国の玄関口であり、
当時は大変な賑わいであったとされます。
幕府の使節として上陸した勝ら一行は、… 続きを読む
平戸田助浦は安土桃山時代、
領主松浦鎮信が小値賀島、壱岐、呼子から、
領民を移住させたことに始まります。
風待ち、潮待ちの港として発展し、
捕鯨なども行われており、
最盛期には遊女屋30軒を誇り、
遊女… 続きを読む