長崎県」カテゴリーアーカイブ

長崎県島原市 旧島原藩薬園跡

島原藩4代藩主松平忠誠は、
シーボルトの高弟賀来佐一郎を招き、
藩医学校済衆館の敷地の畑に薬草を栽培させましたが、
手狭なうえに薬草の栽培には条件が良くなかったため、
弘化3年に飯島義角を薬園主任として、
眉山の麓に薬園を造らせました。

その後の拡張工事を経て完成したのが、… 続きを読む

長崎県島原市 龍馬上陸の地

元治元年2月。
四ヶ国連合艦隊下関を攻撃するということで、
外国側と交渉してこれを回避するべく、
幕府より調停役を命じられた勝海舟は、
総勢47名の大所帯で神戸から長崎に向かいます。
この一行に坂本龍馬ら勝の門弟も同行し、
龍馬は初めて長崎を訪れる事になりました。… 続きを読む

長崎県島原市 松陰来訪の地と武家屋敷街水路

吉田松陰は九州への遊学中、
島原城下に立ち寄っています。


吉田松陰来訪の地」。
島原藩士宮川度右衛門邸跡。
宮川は種子島流荻野派砲術師範であった人物。
このあたりは鉄砲町と呼ばれていたようですが、… 続きを読む

長崎県島原市 島原城②

/②

原城に立て篭もった天草四郎率いるキリシタン一揆勢が、
幕府軍の総攻撃によって皆殺しにされ島原の乱は終結。
乱の責任を問われて島原藩松倉家は改易となり、
藩主松倉勝家斬首されることとなります。
江戸時代を通じて大名の斬首はこの一件のみで、
幕府も勝家の罪は重大であると認識したのでしょう。

代わって入封したのは譜代大名の高力忠房。… 続きを読む

長崎県島原市 島原城①

①/

島原藩の藩庁である島原城は、
なんとも不思議な城です。
4~6万5000石規模の藩でありながら、
五層五階の巨大な天守を持っていましたし、
その割に連郭式の2つの郭が並んでいるだけで、
本丸は堀で遮られているものの側面はがら空き。
しかも廊下橋によって二ノ丸と繋がっているのみで、
橋を落とされると逃げ場が無くなり、兵糧攻めは容易い。… 続きを読む