斑鳩寺にある下間池田家の墓所。
本願寺坊官下間頼龍の長男下間頼広は、
門主教如と相性が悪かった為に出奔。
叔父にあたる池田輝政を頼って仕え、
その継嗣池田利隆の補佐を命じられました。
輝政の死後に利隆が家督を継ぐと、… 続きを読む
「兵庫県」カテゴリーアーカイブ
兵庫県揖保郡 斑鳩寺
斑鳩寺は推古天皇14年(606)、
聖徳太子が播磨国揖保郡の一部を賜り、
その地を斑鳩(鵤)荘と命名し、
政所と寺院を建立したことに始まります。
長らく大寺院として続きましたが、
天文10年(1541)に戦火で焼失。
その後に赤松政秀や赤松広英等により、
徐々に再興されました。
「… 続きを読む
兵庫県たつの市 觜崎宿跡
觜崎宿は出雲街道の宿場町。
揖保川を挟んで西側が觜崎西宿で、
東側を觜崎東宿だったようです。
西宿は千本宿からの荷物を、
東宿は飾西宿からの荷物を取り扱い、
役割分担が成されていた模様。
新宮町觜崎/神岡町東觜崎周辺。
緑の線が出雲街道で、青くぼかした辺りが、
觜崎西宿跡及び東側を觜崎東宿跡。… 続きを読む
兵庫県姫路市 飾西宿跡
飾西宿は出雲街道の宿場町。
西国街道から分かれた最初の宿場で、
寛文11年(1671)以前からの宿場とされます。
始めは姫路藩領だったようですが、
龍野藩→幕府領→小田原藩の飛地→幕府領→
宇都宮藩の飛地→幕府領となっており、
幕末には幕府領だったとのこと。… 続きを読む
兵庫県姫路市 下手野追分
下手野追分は西国街道と出雲街道の分岐点。
ここを起点として出雲街道が北へ分岐し、
飾西宿や美作を経て出雲に道が続きました。
姫路市下手野周辺。緑の線が西国街道で、
青い線が出雲街道。
赤丸の位置が下手野の追分。
「下手野追分… 続きを読む
兵庫県たつの市 梅岳寺/池田農夫也墓所
日本最後の仇討ちには諸説ありますが、
「高野の仇討ち」もそのひとつとされています。
赤穂藩参政村上真輔は尊攘派でしたが、
藩政改革の方針の違いで恨まれ、
西川邦次ら尊攘派下級藩士ら13名により、
家老森可彜と共に殺されました。
藩は遺族に仇討ちを禁止すると共に、
暗殺犯寄りの処分を行っており、
森可彜の一族を… 続きを読む
兵庫県たつの市 梅岳寺/下間池田家墓所
梅岳寺は播磨国守護赤松則祐によって、
城山城の鬼門に建立した城禅寺に始まります。
やがて赤松家の衰退によって荒れ果てますが、
慶長10年(1605)に密室祖顕が現在地に移し、
寺名を梅岳寺に改めて臨済宗妙心寺派とし、
後に新宮藩3代… 続きを読む
