下関攘夷戦」タグアーカイブ

山口県萩市 金谷神社

金谷神社金谷天満宮とも呼ばれる神社で、
天神菅原道真を祭神として祀ります。
社伝によると文治2年(1186)7月に、
長門国守護佐々木高綱によって、
大宰府から勧請されたとされます。
しかし早くから火災に遭ったようで、
往時の記録は殆ど無いという。
現在地にはかつて城下の大木戸があり、
享保5年(1720)に遷座続きを読む

山口県柳井市 白井素行墓所

熊毛郡平生町宇佐木の墓地に、
奇兵隊軍監白井素行の墓所があります。


従五位白井素行墓」。
白井素行は寄組浦家家臣白井弥蔵の長男で、
幕末期は白井小助と称していました。
江戸藩邸で吉田松陰と起居を共にし、
それ以降親しく交友していたとされます。
松陰が… 続きを読む

山陽小野田市 蔵田幾之進墓所

長州藩攘夷期日の文久3年5月10日、
米国商船ペンブローク号を砲撃し、
関門海峡での攘夷攻撃を開始しました。
5月23日には仏国通報艦キャンシャン号を、
同26日には蘭国軍艦… 続きを読む

山口県萩市 善福寺/楢崎弥八郎墓所

楢崎弥八郎甲子殉難十一烈士のひとり。
東光寺に彼らの墓がありますが、
遺体は善福寺に埋葬されたようです。


楢崎家先祖合葬墓」。
大組楢崎家の合葬墓。
弥八郎の楢崎家は大組士でしたが、
同じく大組士の楢崎頼三とは別家。
※白虎隊士飯沼定吉続きを読む

下関市彦島 弟子待砲台跡

海軍山と呼ばれていた彦島南公園
その公園から海岸へ下りると、
2つの遺跡が残っています。


水雷発射基地突堤」。
日露戦争の際に露軍バルチック艦隊が、
関門海峡を通過した際に迎え撃つ為、
建造された水雷発射基地突堤。… 続きを読む

下関市赤間町 教法寺

教法寺は赤間町にある真宗本願寺派の寺院。
鎌倉期の元応年間(1319~1321)、
教法房浄信が海岸で木仏を見つけ、
これを安置する為に創建されました。

文久3年の下関攘夷戦では、
正規部隊である撰鋒隊が屯所としますが、
撰鋒隊は奇兵隊と対立するに至り、
同年8月16日に… 続きを読む

勅使を迎える奇兵隊士達

攘夷を決行した長州藩に対し、
朝廷は激励の為に勅使正親町公董を派遣。
文久3年7月16日に勅使は下関に到着し、
白石正一郎邸に入ります。
宿陣の幹部らは白石邸に参謁し、
朝廷の激励の言葉を賜りました。

翌日勅使一行は各砲台を視察。
迎砲の発射、西洋銃陣や射的、
槍や剣の試合の披露も行います。
勅使正親町公董はこれに満足し、
その日の宿所長府へ向かいました。… 続きを読む