津和野城下から山陰街道を南下すると、
長州藩との藩境にあたる野坂峠がありますが、
その入口に津和野藩の口番所が置かれました。
津和野町中座周辺。緑の線が山陰街道で、
赤丸辺りが口番所のあった場所。
「木戸跡」。… 続きを読む
島根県鹿足郡 野坂峠口番所跡
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津和野城下から山陰街道を南下すると、
長州藩との藩境にあたる野坂峠がありますが、
その入口に津和野藩の口番所が置かれました。
津和野町中座周辺。緑の線が山陰街道で、
赤丸辺りが口番所のあった場所。
「木戸跡」。… 続きを読む
津和野といえば「源氏巻」である。
下関から津和野は丁度良い位置なのか、
意外と旅行に行く人が多い気がします。
※統計があるわけではなく主観。
お土産に「源氏巻」を頂く事も多々あり、
何度も口にしている和菓子。
そんな意外にも身近な「源氏巻」ですが、
幕末に誕生した和菓子のようです。
なんでも御用菓子司の「見墹情貫堂… 続きを読む
長州藩の永代家老家である須佐益田家は、
元々は島根県益田市周辺を領した豪族。
その居館は三宅御土居と呼ばれていました。
「三宅御土居鳥観図(現地説明板より)」。
南北朝時代に11代益田兼見が築いたとされ、
周辺の物資流通を管理していたという。
代々当主はここを本拠としますが、
安芸毛利家… 続きを読む
慶応2年の第二次長州征伐で幕府軍は、
大島口、芸州口、小倉口、そして石州口より、
長州藩の領内へ侵攻する事と決定します。
これに対する長州藩側の戦略としては、
他の戦線は防戦の方針を取りながら、
石州口では… 続きを読む