[九州地方]」カテゴリーアーカイブ

熊本県玉名郡 腹切坂

薩摩街道の難所である腹切坂
腹切という不穏な名称のこの坂は、
人を殺して諸国を逃げ回っていた武士が、
所詮逃げられぬと悟って腹を切ったとか、
平家の落ち武者が逃亡を断念して、
腹を切った場所であるとか、
大事な書状を持った飛脚が坂を上り、
坂の中間ですれ違った農夫に、
坂はあとどれくらいかと尋ねた際、
あなたがこれまで歩いて来た程」と聞き、… 続きを読む

熊本県玉名郡 下岩官軍墓地

下岩官軍墓地は玉名郡和水町にある官修墳墓
明治10年3月3日~4月2日の山鹿口の戦いで、
戦死及び戦病死した官軍将兵が眠ります。


下岩官軍墓地」。
官軍本営が一時置かれた光行寺の隣にあり、
134基の墓碑が整然と並んでいます。
全国各地の各鎮台に所属し、
鍋田続きを読む

熊本県玉名郡 白坂

白坂薩摩街道の難所のひとつで、
往時の景観が今に保たれている場所。
天正15年(1587)の肥後国衆一揆では、
日輪寺山に陣を構えた佐々成政へ、
立花宗茂らが兵糧を届けていますが、
その帰路にこの白坂で国人勢に襲われ、
戦闘となってこれを撃退しました。… 続きを読む

熊本県玉名郡 肥猪町官軍墓地

肥猪町の北外れにある肥猪町官軍墓地
熊本県内にある21ヶ所の官修墳墓のひとつ。


肥猪町官軍墓地」。
肥猪町官軍墓地は街道沿いに面ししており、
整備も行き届いているようです。


円形状になった墓域。
中央向きに180基の墓碑が立ち並んでいます。
その大半が明治10年3月12日及び15日に、
鍋田・平山の戦闘で戦死した戦死者で、
鎮台続きを読む

熊本県玉名郡 肥猪町宿跡

肥猪町薩摩街道の半宿。
南関宿山鹿宿の間に位置し、
40軒程の家屋が建っていたとされます。


肥猪町の町並み(現地説明板より)」。
南と北の構口まで2町27間(約267m)で、
中央の辻に二枚掛けの高札場があり、
テン屋、… 続きを読む

福岡県北九州市 黒崎湊跡

黒崎湊福岡藩の領有していた港で、
大坂への貨客船が発着していました。
江戸期の九州からの上方への発着口は、
小倉城下小倉湊と黒崎湊しかなく、
九州諸藩は参勤交代で海路を使う際は、
小倉湊かこの黒崎湊を使用したようです。


「… 続きを読む

大分県速見郡 西崦精舎跡

西崦精舎帆足萬里が開いた私塾で、
天保13年(1842)から約8年、
多くの門人達を指導した場所です。
また自身の学究や著作活動を行い、
入学新論」や「東潜夫論」を著作しました。


西崦精舎跡」。
西崦精舎があった場所は整地され、
当時の建物は既に失われていますが、
基礎や生活の痕跡は埋蔵されたままとのこと。… 続きを読む