第一次長州征伐」タグアーカイブ

広島県広島市 海蔵寺/東城浅野家墓所

海蔵寺応永年間(1394-1427)に、
唐僧慈眼禅師力箭山(行者山)に創建。
永正元年(1504)に洞雲寺四世興雲宗繁が、
曹洞宗に改宗したとされます。


本堂」。
行者山より現在地に移転したのは、… 続きを読む

山口県山口市 周布政之助墓所

第一次長州征伐長州藩は窮地となり、
これによって俗論党政権が誕生すると、
周布政之助は罷免されてしまいます。
その頃周布は吉富家に滞在していましたが、
その意気消沈ぶりはすさまじく、
何度も自裁を口にしていたという。
吉富家の主人吉富藤兵衛(簡一)は、
周布が早まらないように注意し、
刃物を隠したり監視したりしていましたが、
周布は隠し持った短刀で自刃。… 続きを読む

山口県柳井市 赤禰武人墓所

柳井市阿月にある赤禰武人の墓所。
赤禰は三代目奇兵隊総督で、
俗論党政権下で隊の存続に尽力しますが、
平和裏にこれを進めた為に、
功山寺挙兵後は立場を失ってしまい出奔。
上方へ出ますが幕吏に捕縛され、
幕府によって利用される事となり、
大目付… 続きを読む

広島県広島市 国泰寺跡

長州征伐で幕軍の総督府が置かれた国泰寺
長州藩の三家老首実験が行われ、
政事戦の舞台となった場所でした。

残念ながら原爆によって焼失してしまい、
国泰寺は市街の北西に位置する己斐に移転。
現在の跡地は開発が進んで面影はありません。… 続きを読む

山口県周南市 三家老幽閉之地

禁門の変の敗戦後、
指揮を取った三家老は自領で謹慎。
その後第一次長州征伐での降伏条件として、
三家老の切腹四参謀の斬首が要求され、
当時の俗論党政府はこれを受け入れた為、
三家老は徳山藩に預けられます。

国司親相澄泉寺、… 続きを読む