臨済宗」タグアーカイブ

山口県山口市 常栄寺

井上聞多が総督を務めた鴻城隊は、
長寿寺から常栄寺に本陣を移したとされます。
ただ常栄寺は当時、現在の洞春寺の場所にあり、
藩庁から山口に移転する文久3年に、
移転して現在地にあった妙寿寺と合併。… 続きを読む

長崎県平戸市 正宗寺(平戸藩主松浦隆信墓所) 


平戸藩3代藩主松浦隆信は、
2代松浦久信と正室そのの長男として生まれ、
父久信が早逝した為に12歳で跡を継ぎます。
母のそのは熱心なキリシタンで、
隆信は幼少期に洗礼を受けていましたが、
幕府による禁教令で棄教し、
領内でキリシタンの弾圧を行いました。… 続きを読む

長崎県平戸市 雄香寺(平戸藩松浦家墓所)【再訪】

雄香寺平戸藩5代藩主松浦棟が、
的山大島の古寺江月庵を移して創建し、
5代以降の歴代藩主の菩提寺となった寺院。


雄香寺」。
前回の訪問時は裏手の墓地側から、
松浦家墓所開山堂のみを訪問。
今回はちゃんと正門から境内へ。… 続きを読む

長崎県平戸市 普門寺(平戸藩主松浦熈墓所)


松浦家の21代当主であった松浦義は、
室町幕府6代将軍足利利教により、
肥前守に任じられていましたが、
義教は嘉吉の乱赤松満祐に殺害されてしまう。
義は義教の追悼の為に出家して融義と称し、
勝尾岳中腹に… 続きを読む

佐賀県唐津市 近松寺(唐津藩小笠原家墓所)

近松寺鎌倉時代の創建とされ、
戦国時代波多守親が再興していましたが、
兵火で伽羅を焼かれた後に、
唐津に入封した寺沢広高が再び再興し、
寺沢家の菩提寺となりました。

しかし次代の寺沢堅高島原の乱の責で自害し、
寺沢家が断絶した為に自運が衰退。… 続きを読む