北前船」タグアーカイブ

福井県敦賀市 敦賀湊跡

敦賀湊は古来よりの大港でしたが、
江戸時代には日本海沿岸の諸大名の多くが、
上り米特産品の輸送を敦賀湊経由とし、
また畿内の手工業生産物である下り荷は、
敦賀湊を経由して全国に普及しました。
これらによって敦賀は中継商業が発展し、
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山口県長門市 仙崎湊

仙崎日本海に突き出した比較的大きな岬。
海流によって運ばれた漂砂が堆積した砂嘴で、
その殆どが平坦な地形となっており、
古くから漁村、港町として栄えていました。


御国廻御行程記 仙崎」。
絵図でもわかるように仙崎一面に家屋が建ち、
相当の賑わいであったと推測できます。


仙崎港」。
仙崎漁港は… 続きを読む

石川県輪島市 天領黒島

慶長10年(1605)に加賀藩2代前田利長は、
隠居して富山城に移りますが、
富山城の近くに土方雄久の領地があった為、
幕府の許可を得て領地交換を持ち掛け、
能登の一部が土方領となりました。
その後、土方家は4代続きますが、
4代土方雄隆お家騒動で改易となり、… 続きを読む

福井県坂井市 三国湊

三国湊九頭竜川河口にある港町で、
古来より発達していたようです。
中世には荘園の年貢積出港であった他、
三津七湊のひとつとして日本海交易の拠点として栄え、
近世には北前船の寄港地ともされました。


三国湊(九頭竜川河口)」。
現在は西岸の福井臨海工業地帯と共に、
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香川県仲多度郡 多度津陣屋跡

丸亀藩2代京極高豊正室との間に、
男児3人を設けますが相次いで早逝します。
その後側室との間に男児が生まれていますが、
翌年に再び正室との間に待望の男児が誕生。
継嗣には正室の子京極高或が選ばれますが、
高豊は側室の子京極高通の為に、
別家を新設を幕府に申請しました。

高豊は2年後に病没し高或が跡をつぎますが、
高通続きを読む