北前船」タグアーカイブ

香川県仲多度郡多度津町 多度津陣屋跡

丸亀藩2代京極高豊正室との間に男児3人を設けますが、
3人に共相次いで早逝してしまいます。
その後、側室との間に男児が生まれていますが、
その翌年に再び正室との間に待望の男児が誕生。
継子には正室との子である京極高或が選ばれますが、
高豊は別家の新設を幕府に届け出ました。

高豊は2年後に病没し、3代藩主に高或が就任しますが、
その際に正室の子京極高通に1万石の分知が認められ、
多度津続きを読む

青森県西津軽郡 鯵ヶ沢町奉行所跡

弘前藩の海の玄関として栄えたのが鯵ヶ沢湊
廻米を舟に乗せて弘前から岩木川を下り十三湖へ、
十三湖から海へ出て鯵ヶ沢湊まで運びます。

また北前船の寄港地としても機能し、
日用品の荷揚げも行われ、大変な賑わいだったようです。


鯵ヶ沢町奉行所跡」。
青森湊と共に津軽の両浜続きを読む

青森県上北郡野辺地町 常夜燈と春陽丸の野辺地砲撃

野辺地戦争の13日前の明治元年9月10日。
戊辰戦争の終盤を迎えた頃になっても、
なんら戦火の被害を受けていなかった野辺地に、
突如久保田藩所属の軍艦「春陽丸」が、
海上から砲撃を仕掛けてきました。

春陽丸は佐賀藩士中牟田倉之助が指揮し、
秋田から北上して陸奥湾に入って野辺地を砲撃。… 続きを読む

彦島について②

彦島には、南風泊というところがあります。
南風泊と書いて「はえどまり」と読みます。

ここの漁港は、河豚のセリで全国的に有名なのですが、
まあ、それはおいといて、南風泊という名前。
子供の頃は、水揚げされた魚に蝿が止まるから、
「ハエどまり」というのかと思ってました。

もちろんそんな事ではなく、北前船がここを通行するとき、
南風が吹くと進むことができず、足止めとなってしまい、
風向きが変わるのを待たなければならなかった為、
南風泊と呼ばれるようになったらしい。


上図のような航路なのですが、元々海流の激しいこの海峡・・… 続きを読む